ブログ
2009年01月26日
★昭和のエートス
市民図書の新刊本数冊から悩んでえらんだ本。
印象的だったのは、貧困は数値等で捉えることの出来る概念だが、貧乏は主観的なものという部分。それから、みんなが団塊の世代と言えば、全共闘世代と言うので、その気になっているが、実際に全共闘の渦中に入ってちゃんと活動をした人なぞ一握りなのに、そういうくくり方をされているばかりに、自分たち自身でそのように思い込んでいるという下り。そして、改憲問題や英語教育に力を入れて、なんじゃ!ってな部分も。
全共闘世代という思い込み、マスコミによる刷り込みは、先日読んだ佐野眞一さんの言うところの「大文字ことば」にも通じるものがあった。
英語にばかり力を注ぐ以前に日本語に力を注ぐべしというのは、OL時代に見た事実からも思う。言語力って確かに一人で何ヶ国語も話せるような人もいるけれど、それはごく少数(それこそ全共闘で本当に闘っていた人が一握りというのと似たり寄ったりか)。大概の人は私も含めて、外国語の習得と同時に、日本語能力の方が落ちていくのではないかと・・・
部長秘書で英語がペラペラの売りの女性がいたのですが、彼女の書く日本語のお粗末なこと。てにをはがいい加減なのは勿論、その字はまるで小学校低学年並み。凡人が英語力を磨くという事で、日本人としては恥ずかしいレベルの国語能力となって平気でいられる・・・それはかなりみっともないことではないかと。(まぁ、彼女は結局、ドイツ人と結婚しちゃったみたいですが)いや、別に人に見せる、見せないにかかわりなく、やっぱり自分の母国の言葉が操れて、その後に外国語だと思う訳です。
内田さんの論は結論の文を読むと、同意。中身は全然違うというのも結構ありまして、日本属国論というのは、米原万理さんの言う属国とはニュアンスが違い、古代から、中国大陸から王と認められて金印を送られたというようななが〜いスパンで、いつも朝貢してたじゃんという事のようです。
読んでいる時にはふむふむと頷き、何とか読み終えて、いったん本を閉じると、もう忘れてる・・・という毎度おなじみのパターンが悲しいですが、この本は出典先も忘れた(資料として寄せられる掲載本自体をなくしてしまわれるそうな)先生ご自身の著作からのつまみ菜とブログからのつまみ菜で出来上がっているそうです。
ブログって、確かに備忘録としては上出来です。私はそれで、同じ本を何度も図書館から借りそうになるのを防いでいますし、もし借りちゃっても、それと知らず2回読まないで済ませています(勿論、知っていて2回、3回と読みたくなる本もありますが、最近はレアだなぁ〜)。
kaikoizumi2005 at 16:07|Permalink│Comments(0)│