2013年05月07日

□わりなき恋

冒頭の二人の出会いはパリへ向かう国際線のファーストクラス。ヒロイン笙子は、どうしても著者の姿を思い浮かべてしまうけれど「かなり優秀なドキュメンタリー作家」で、彼女の恋人となる男性は社員二十万を擁する大企業の重役。

いつも隣に誰も来ない事を願っていたファーストクラスに、いまいましくも乗り合わせた男、九鬼が、兼太さんと呼ぶ間柄になるのに、大した時間は掛からなかった。

知性派女優としてならした岸惠子さんの本作は、彼女が地元出身と言う事もあり、地元紙では大きく取り上げられていましたが、帯にあるように中年とはもはや言えない年齢の女性が一回りも年下の男性と恋に落ち、医師に対応策を求めながら男女の関係になる、というのが「衝撃的」と説明されていました。

確かに……私自身の、そして恐らく世間一般の「常識」でも、七十歳の女性が、働き盛りで有能な家庭持ちの男性と恋に落ちるなんて、非常識、というか有り得ない話ではあります。

その年代の女性ならば孫を相手に鼻の下を伸ばすか、引きずり回されていて、ときめくのは韓ドラの俳優さんの事。働き盛りの金も力もある男性ならばピチピチした若い女の子を求める、というのが月並みな発想です。

この二人、かつてフランス人と結婚、死別した国際派ドキュメンタリー作家と、5人もの子どもを持つ超有能でやり手のエリートサラリーマンと言う設定からして、私の世界には存在せず、荒唐無稽な冒険談や、未来の世界を描いたSF以上に遠いです。

特に七十歳にしては、恐ろしく若々しい、一つ間違えると痛い若作りな笙子の存在は、私の知るその年代の人たちとはかなりかけ離れていて、あなたの生きている世界って、本当に偏狭ね、と突きつけられているようなざらつきを感じさせられました。

物語は笙子を軸に描かれているため、しばしば彼女を困惑させる兼太の言動は、私には人間離れした精力家のイメージが湧きましたが、年下なのに包容力のがあり、なおかつ体型も美しい中年男性です。

思わず、有り得ない!と叫びたくなる程、魅力的な七十女以上に、そこまで全てに恵まれた魅力的な中年男性なぞ見た事がございません。

ついつい、自分の周囲を見回して読んでしまうので、全然リアリティを感じられないのですが、笙子と兼太が出会う街の描写は、恐らく著者の実際の訪問経験を下敷きにしているのでしょう。行った事がない場所に旅しているように読めました。

読みながら、感じた違和感は、自分の世界では有り得ない人物に対するものかと思っていましたが、読み進めるうちに、ハタと気づきました。

この物語って、いろいろとシチュエーションは違うけど、中里恒子の「時雨の記」の21世紀バージョンじゃん!

亡くなった明治生まれの祖母が美しい恋愛物語だから読んでご覧、と絶賛した本でしたが、戦前のお嬢様育ちの彼女にとって、美しいとは愛し合う二人が、決して越えてはいけない一線を越えなかった事なのではないか、と読み終えて思ったものでした。

上梓された時代は当たり前だった恋する企業重鎮の男性の振る舞いは、平成の時代の恋なんて何さ状態のくたびれた中年女という読み手にとっては、まどろっこしい公私混同のバカ重役のそれでした。

わりなき恋の兼太さんもこまめに笙子に連絡しますが、社用にも使っているらしい携帯電話や、ファクシミリ。出張の折を見ての逢瀬、などなど、かなり潔癖に振る舞っているという兼太さんにして公私混同しているのですから、他は推して知るべしという気分になります。

悲しいかな、自分の身に何一つ引き寄せて読む事が出来ないド庶民には、他の世界を覗き見る以外の感慨をもたらす事が出来ない作品でした。

…………この作品を読んで感動出来るか、出来ないかで、その女性の枯れ果て具合がわかるリトマス試験紙的な物語かも知れません(汗)。


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kaikoizumi2005 at 20:54│Comments(0) 携帯からの投稿 | 小説・物語

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