2012年07月03日

□傷のあるリンゴ

 本が好き!の献本です。

 若い頃、文化人としてよくお名前を耳目にした外山滋比古さん。1923年のお生まれですから、アラナイ(90歳内外)でいらっしゃいますが、それなのに切れ味の良いエッセイをお書きになる・・・というよりは、それだからこそお書きになるのだろうかと思います。

 冒頭からいきなり「ヒマなほど忙しい」という意表をつくタイトルでエッセイ集は始まります。一般的に言われている常識と相対する考え方を述べておられ、他のタイトルも面白いものが多いです。「ひとりでは多すぎる」、「始めよければあとがこわい」、「親があっても子は育つ」「不幸は幸運のもと」などなど。

 この本のタイトル「傷のあるリンゴ」という章も最初は、青森の朝市でなかなか売れない傷のあるリンゴを著者が売り手のおばあさんに同情したのと、どこかから傷のあるリンゴがうまいと聞いていたので買ったというエピソードから始まりますが、結びの言葉が「われわれは不幸、失敗の足りないことをこそおそれるべきである。傷ついてうまくなったリンゴの教訓は貴重である」とあり、幸福、幸運を過剰に求め、不幸を忌避する傾向に一発お見舞いしています。


 

 長年の経験、多くの人的交流から得られた洞察は壮年、若年が気付かないポイントを突いていたりして、かなり面白くて、一気に読めてしまいました。

 特に印象的だったのは「死は確実」という章。文脈から見て、東日本大震災の前に書かれたものと思われますが、「大震災がおこったあと、急に、天災に備える、などというのは、いかにも場当たり的で、見苦しい。そんなことを考えているうちは、天災のやってくる確率は小さい。当座さわいだ人たちが、備えに疲れ、力を抜いて怠るころ、つまり『忘れたころに』天災はやってくえる。寺田寅彦は”天災はわすれたころにやってくる”ということばを残しただけでも歴史的人物と言われる資格がある」と書いておられ、さらに「素朴な人間は、そんな観念の遊戯(※天災を思い不安になる)にふけるゆとりがない。”知らぬがホトケ”で、健康な生活をしていく。人間はいつなんどき災難に遭うかわからぬという確たる常識はしっかり身につけている。大多数のもの思わざる人たちが充実した人生を、なにごともなく過ごすようになっている」とあります。

 このあたり、実際に震災の被害を受けられた方たちからすると、何をおっしゃる、けしからん!という部分があるのは否定できませんが、東日本大震災の後から、次に来る大震災の予想など、虚実取り交ぜ、不安に駆られる情報が飛び交い、過剰な不安にさらされている首都圏の人間としては、どんな備えをしていても、その安全な場にいられなかった時にはアウトなのだから、著者の言うとおり、いつ何があるか分からないという覚悟の上に、知らぬがホトケになって、もう少しおっとりと構えた方が良いのではと思わされます。

 きょうびの常識的な考え方や時流に対して、はてなと疑問をつきつけつつ、時には、どうやらご自身らしい人物も第三者視点から書いておられて、その描き方がちょいとクセのある人物になっているのでくすっと笑いたくなったりもします。
 

 アンチエイジングに美魔女、50代なのに30代に見えるドクターの本が大売れ、などなど、年を取る事に対し否定的な時流ですが、痛い若づくりをしてまでも若さにしがみつくのはいかがなものか? 年を重ねてこそ見えてくるものがあるし、それを声高にではなく、静かに、かつユーモラスに語る事が出来る人生の先達をめざすのが本来の人としてのあり方ではないか?とこのエッセイを読みながら思いました。

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kaikoizumi2005 at 16:29│Comments(0) 随筆 | 評論・社会事象評価

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