2016年08月19日

八ヶ岳で図書館通い

  八ヶ岳では定住していなくても、若干納税している山小屋所有者は図書カードを発行してもらえます。公設温泉が一般観光客と同じ価格になってしまって、ブリブリな今ですが、これはありがたい。

 時間だけはたっぷりあるので、久々に本を借りて来ました。

 一昨日から昨日にかけて読んだのはこちら。




 著者の本は困ったちゃん対策にと思って、時々目を通しますが、この本に関しては、一種の病的な困ったちゃんで、さすがにここまでの人は私の周囲にはいないと思うので、う〜む、というのが正直なところでした。実例としてSTAP細胞の小保方さんが大々的に取り上げてあり、序文にゴーストライター騒動の佐村河内さんが書かれていましたが、佐村河内さんについては、映画「FAKE」を見てから、ちょっと見方が変わりました。ヒステリックなバッシング傾向のある最近の日本の風潮で必要以上にたたかれたのではないかと・・・。

 というわけで、すっと読めたけど、自分には今一つピンと来なかったのが正直なところです。




 確か以前も、ハム会社に勤めて、いい加減な増量ハムを作ったところから食品に関して疑問を感じることになったという著者の別の本を読んだ記憶があるのですが、今回は食品製造のみならず、販売、流通の現場の危なさを書いています。特に危ないのが激安、格安だそうで、もちろん、中には正しいコストカットで努力している企業もあると断り書きをした上で、人件費削りやブラック企業の某社(実名あり)や、不衛生な状態の激安スーパー(実名なし)などの危険性を書いています。
 
  一番危険なのは食品衛生ももちろんながら、何より「日本人の働き場所を奪ってしまった」悪しきコストカットの部分かも知れないと思わされます。ただ仕入れた鮮度の悪いおいしくない食品を並べるだけの職人排除型小売店、成長の喜びがない機械操作だけのファーストフードなどにより、働き盛りの職人に場がなくなる、職人という食品に精通し、不正をチェックする能力のある人がいなくなるリスクはもちろん、アルバイトの学生も歯車のような仕事に嫌気がさし、外国人にバイトの場を譲って無職になる・・・などなど、雇用の面がガラガラ崩れているのは、今も我々が危惧していることで、これが30年後にはさらに悲惨な成果をあげているだろうと言われると、ぞっとします。

 それにつけても、食育は大切。食育食育と言われていますが、実はとっくに知っていることがほとんどだった・・・という家庭料理が結構しっかりしている環境で育った自分の幸せを感じるのがいいんだか悪いんだかです。

被差別のグルメ (新潮新書)
上原 善広
新潮社
2015-10-16



 この著者の本も以前読んだことがありますが、あとがきに当時はまだ日本のことを書くのは憚れる雰囲気だったので、世界のことを書いたとありました。いわゆる同和地区に生まれた著者だからこそ、相手も心を開いてくれたのかなと思われるディープな食紀行。 差別を糾弾するところから始まっている本ではなく、その職業ゆえに手に入れた食材を生かしてのソウルフードの紹介、北海道のアイヌ、そのアイヌに追われる形で北に移動した知られざる少数民族、沖縄の中でもさらに一段下に見られていたと著者が考える離島、さらに在日韓国朝鮮人など、差別を受けたグループが生み出した料理を紹介しています。焼肉のように在日と路地(同和地区を著者はこう表現しています)の深いつながりから生まれ、今や国民食になったようなメニューもあれば、今にも消えてしまいそうな非常に手のかかる素朴な料理なども紹介されており、興味深いのはもちろん、文化と伝統を次世代に伝えるむずかしさをも感じさせてくれる本でした。




 時々、テレビでお顔をお見掛けする蔦さんが、このことを比較的最近お知りになったらしいあとがきにびっくりでした。

 というのは、1986年の正月、亡父と旧ソ連の中央アジアのシルクロードの旅というパックツアーに参加した時、まず最初に到着したタシケントの車窓ツアーで、ナボイ劇場のことを紹介されて印象に残っていたからでした。

 外貨を稼がねばだったソ連にとって、日本からはるばる現れた酔狂な観光客に対してリップサービスの必要もあったのかも知れませんが、わざわざ「ナボイ劇場は日本の捕虜(とは言わなかったかもですが、戦争に負けて連れてこられた人たちだとはわかりました)が第二次世界大戦終結後に建てたもので、タシケントの大地震でも壊れなかった建物です」と説明がありました。くすんだ黄色っぽい四角い建物の横を通っただけですが、モニュメントが出来たほどのタシケントの大地震を耐えた建物を日本人が建てたというのは、現地でも認められている出来事なのだなと思いました。

 この本はそのナボイ劇場の建設のために満州から貨車で運び込まれた捕虜たちについて、関係者への取材から物語っており、当時若干24歳の責任者をはじめとする、捕虜たちの活躍、現地の人との交流、もののわかるソ連側責任者と次第に打ち解けていく様子が描かれています。

 日本人のソ連嫌いは不可侵条約を破って終戦直前に攻撃をしかけて、捕虜を連れ去ってのシベリア抑留によるところが大きいと、戦前の神戸でロシア人と仲良く付き合えていた祖母の話を聞いても思いましたが、ナボイ劇場の建設に携われた捕虜たちは、不運な事故による死者を除き、全員無事に帰還できたようです。

 シベリアのような極寒の地ではなかったこと、漠然とした作業ではなく、後世に残る建築に携われるやりがい、加えてウズベキスタンの人たちのあたたかさや、現場を仕切っていたソ連兵の理性、そして、日本人リーダーたちの賢明さなど、幸運が重なっていたとは思いますが、戦後抑留ものとしては、非常に珍しいあたたかみのある話でした。

 だからこそ、1986年の私はあのような話を現地で聞いたのだと納得しました。建物の中を見られなかったのは残念ですが。




 ユネスコの事務局長を務められた日本人による世界遺産選定に至るまで、選定基準の変遷、今後の課題などを描いた、どちらかというと硬めな本ですが、意外とすんなりと読めたのは、やっぱり私が世界遺産好きだからでしょう。

 当初の西欧の建造物に偏重した世界遺産から、まんべんなく世界中に世界遺産をという思いで、ずいぶんいろいろな手を尽くされたり、現地で助言されたりした様子も紹介されています。

 そして、批准は遅れたものの、開発途上国の世界遺産の補修などには日本がずいぶん援助していることも述べられていますが、こういう文化的な活動に対する拠出より、軍事に走ろうという懸念、この本が書かれたときにはまだ感じられていません。

 バーミヤンの石窟の大仏がタリバンに破壊されてしまったことは書かれていますが、ISによりパルミュラの神殿が破壊されるなど、今に至るまで世界遺産の故意の破壊が行われることがあり、それにたいし法的な措置が取れるのかどうか(もっともISが法を遵守するとはとても思えませんが)、課題は多いけれど、これからも世界遺産が増えていくのは楽しみだし、一つでも多く訪れられたら嬉しいと思いつつ読みました。

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kaikoizumi2005 at 00:43│Comments(0)読書つれづれ 

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