2008年11月15日
□小さい“つ”が消えた日
小さい“つ”が消えた日
- ステファノ・フォン・ロー
- 三修社
- 1470円
書評/児童
本が好きの献本です。
幼い日の語り手が、印刷を生業とするおじいさんの作業を見ながら、文字について質問をしているうちに「音がしないのなら、いらないんじゃない?」と言った「っ」(小さい“つ”)。この小さい文字の大事さを教えてくれたお話が本編です。
それぞれに特徴を持つ五十音村の住民たち。自分が1番偉い、だって、日本語でもアルファベットでも一番目に来るからと言ったいばりんぼうの「あ」さんの発言から始まった村人の小競り合い。其の中で、誰かが不用意に漏らした「誰が1番偉くないかだけは分かる。彼は音を出さないからね」という言葉に傷ついた小さい「つ」は、村を出て行ってしまいます。
さぁ、それからが大変。軽んじていたはずの「っ」がいなくなったら、たちまち意味が違ってしまったり、誤解を招く言葉が溢れてしまいます。例えば、「鉄器をつくる」と「敵をつくる」では大違いだし、「失態をさらす」と「死体をさらす」など恐ろしい違いですね。
「っ」は一人旅を通して様々な体験を重ね、見るもの聞くものに新鮮な驚きを抱き、音がしないものでもかけがえがないと理解する一方、「っ」がいなくなった五十音村では何とか「っ」を探し出そうとするものの、広範囲すぎるために、「っ」に届くようにメッセージを発信するのです。
五十音村の混乱が人間界にもたらした混乱の中で、政治家に関する部分が特に笑えますが、ユーモラスなお話の展開の中に、一見ささやかに見えるものの大事さや、序列をつけたがることの無意味さなどが語られており、「っ」が冒険の中で出会うものたちの描写も美しいです。
最初読み始めたときは、著者名から、翻訳本にしては、えらく日本の実情に沿っているし、訳がうまいのかも?と思いましたが、よく見ると、訳者の名前が併記されていません。見返しを見ると、著者は日本の大学を卒業し、日系企業に勤務したこともある日本通のようです。「っ」がいなくなった時に語られる言葉を文にしたものを読んだ時に、二男が幼稚園の時に知り合った外国出身のお母さんの日本語を思い出したのですが、あとがきを読んで、著者自身が日本語を学んだ時に「っ」の習得に苦労したとの事で、なるほど、と思いました。母語として日本語が自然に身についた者にとっては、「っ」というものに強い思いを寄せることもなく、したがって、このような卓越した物語は考えもつきませんでした。
文章も素敵ですが、イラストもとても素敵で、柔らかですっきりした線描であたたかみがあります。端的に言うと、私好みです。白をベースにしたシンプルな作りが映える本で、テーマともども、時節柄、クリスマスの贈り物にも良いのでは?と思いました。
大切なものは何かを教えてくれる、大人でも子どもでも楽しめる寓話ですね。
kaikoizumi2005 at 15:32│Comments(0)│
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